どうして、人はエレーベーターの中では会話をしない?自分の靴をじつと見る。ちらっと天井に目をやる。エレベータータのボタンのパネルを、あたかも暗号解読表でも見るように、しげしげもと観察する。見知らぬ人とエレベーターの中で過ごす一分間は、ジュラ紀のように長く感じられる。たしかに、困惑したり、押し黙つたりする人ばかりではなく、パーティにでも出席したみたいにおしゃべりをする人もいる。少数ながら、積極的にばかをやる人もいて、その迷惑千万なおしゃべりを考えれば、なぜたいていの人がえの中で話をしないのか、根本的で最も重要な理由が浮き彫りにされる。
①無礼である。三人以上の人間が乗り合わせたエレベータータでは、鼻をつき合わせる距離にいながら、誰だひとりと話して残りの人を無視するのは礼儀を欠く態度である。しかし、乗り合わせたのがたつたひとりの場合でも、人はたいていは押し黙っているのだから、以下の第二の理由が考えられる。②愚かである。エレベーターで会話しようとしても、短く寸断されるのだから、あまり意味がない。つまりそこでの会話は精神エネルギーの無駄というわけ。私たちは、精神エネルギーを胸の内に蓄えておこうとする傾向にある。意識しているにせよしていないにせよ、日常生活の中で会話しようとする相手の範囲を制限しようとするものだ。仮に誰かと『エレベーター会話仲間』の関係になつたとしよう。しかし、そうすると、今度エレベーターに乗ったときに不愉快な葛藤が生まれるかもしれないという心配が生じる。その新しいエレベーターの友達と乗り合わせたときわ別の人がいっしょだったらどうするか。押し黙って失礼な態度は取りたくはないし、かといつて、無遠慮にベラベラ会話もしたくはないし……。いろいろと気を使って疲れる。

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